「ちょ」について

恩送りの始まりから恩送りの宿になるまで

こんにちは。恩送りの始まりって、日常のどこにでも潜んでいるよな〜と思っている、恩送りの宿「ちょ」のアキヤマリョウタ(@_r_y_o_y_r_)です。

今日はコラムのような、日記のような。
そんな記事です。

「恩送り」の始まりってなんだろうな

つい先日、恩送りの始まりってなんだろうな〜。
と考えようとして、そもそも僕が恩送りがどうのこうのって言い出したのはなぜなのかという話に戻りました。

Pay forwardという言葉に出会ったのは、数年前。
恩返しではなく、恩送り。いい言葉だな。と単純に思いました。
でも、それだけだったし、恩送りを何かして来たわけでもなかったです。

ぜんぜん話は変わって、僕は勝浦町に移住してからいろんな人の優しさを受けて来ました。
それは受け入れの時から、家を借りたり、引っ越しをしたり、日常生活でも、もう何もかも全てが優しさでした。
今、思い返しても涙が止まりません(泣いてません)

でも、内心は受け取った優しさの返し方に困っていたんですね。
気持ちはとても嬉しいし、それがなかったら自分は生きてこれなかったと思うけど、どう恩返しすればいいの?

僕は、自分のことを、たまに期待はずれで人を裏切っちゃうけど、まあ適度に恩返しするような適度にいいヤツだと思っています。

だから、恩返ししたかったけど「これしたら迷惑かな」「礼はいらないって言ってたしな」みたいな余計なことを考えてしまいました(真面目だから)
それに、当時は困っているという感覚よりも、なんかずっとモヤモヤした「気持ち」が充満していた感じでした。

そんなある日、お笑いコンビ「キングコング」の西野さんがなにやら恩送りがどーちゃらこーちゃらと言っているのを発見しました。

それまで漠然としていた「気持ち」がスッキリ晴れた瞬間でした。

今になって思いますが、恩送りの始まりは、つまりこういうことで、

自分の良心が少しでも働きかけてきたら「恩送り」の始まりかも。

すごい胡散臭いし、偽善者っぽい(笑)

でも、本当にそうなんですよね。
僕が感じていたモヤモヤした「気持ち」と同じようなやり場のない気持ちを感じている人ってきっと多いと思う。

そのやり場のない感謝の気持ちこそ恩送りのスタートですね。
あとは送り方を見つけるだけ。

「恩送りの宿」にたどり着くまで

実は、いま恩送りの宿「ちょ」として改装している家は、もともとは宿にする気はなく、ただ住むだけの予定でした。

ただ、恩送りをしたい気持ちはあったし、きっと僕のように恩を送りたい人たちってたくさんいると思ったので、恩送りプラットフォームを作った方がいいな、と漠然と思っていました。

恩送りのプラットフォームとして、リアルでの「場所」を切り口に考えた末に、人が出入りしやすい場所を作るのがいい、という結論に至りました。
人が出入りする場所ではじめに思いついたのは「公民館」のような集会所でした。
そこから今風にアレンジしてコワーキングスペースがいいかな、とも考えていましたが、

 

宿の大先輩「ふれあいの里さかもと」が作って来たもの

スタートは、「ちょ」のすぐ近くにある「ふれあいの里さかもと」という宿。

旧・坂本小学校を改装して、農村体験型宿泊施設として運営し、もう15年以上経っています。
坂本地区だけでなく勝浦町全体でもコミュニティ形成に一役買ってます。

坂本の中心に集まる場所がある。しかもそれが慣れ親しんだ小学校。
その小学校には、地域の人だけでなく県外や海外からも人が集まり、一晩とは言え交流する。
ふれあいの里さかもとが坂本地区に作ってきた資産はとても大きなものです。

そして、人が集まる場所には、必ずと言っていいほどマジックが起きる
僕が見て来た数年間ですら、いろんなマジックが起きている。その中枢がふれあいの里さかもとなのです。

マジックに触れられないオーバーブッキングに巻き込まれた人たち

そこそこ部屋数も多いふれあいの里さかもとですが、お遍路さんが多いシーズン(春と秋)はオーバーブッキングで泊まれないお客さんが出てきます。
溢れたお客さんの中にはプランを変更して町内に滞在しないなんてこともあったり、野宿で終わったりする方もいます。

これは、もったいない!

さっきも言ったとおり、人が集まるところでは、マジックが起きるんです。
今日という日はもう二度と来ないし、今日生まれるはずのマジックは明日はもう生まれないし、なんて日だ!って感じですよホントに。

この人たちをどうにかしたい。
そして、勝浦町に滞在するからこそ気付ける「景色」をもっと見てもらいたい・感じてもらいたい。
いつもそんなことを思っています。

オーバーブックのフォローと新しいマジックの発掘

そういう人たちが泊まれるように、ふれあいの里さかもとからのおこぼれをもらって宿泊難民をフォローできる宿を作ろう。という単純な思いから宿を作ります。

目的は「滞在」で、溢れた人をフォローできたらいいので、それだけをする予定です。
周知はしますが、特に営業はかけるつもりはないです。
すべては、関わった人たちにマジックに参加してほしいから。

マジックショーの観客席を増やしたいだけです。
そして、新しい宿ができることで、新しいマジックが生まれることに期待してるだけ。

普通の素泊まり宿から恩送りの宿にした理由

はじめは素泊まりだけを提供する宿にしようと思っていました。

その中で僕が意識しているのは、多様性と共存。ライバル視ではなく、仲間意識。
つまりは、集合知による存続可能性の詮索です。

ここで少し整理します。

多様性とは、

この町を訪れる人またはこの町に興味がある人の多様なニーズに答えられる状況を作っておくこと。
今回の場合は「宿の多様性」なので、ニーズ発生時にそれを取りこぼさないために、いろんなキャラクターの宿を用意しておくこと。

そして、共存とは、

お客さんを取り合うのではなく、お客さんのニーズや好みに合わせて、適している宿を紹介し合う
なぜなら、目的は「勝浦っていいところ」っていうのを知ってもらうことだから。
「勝浦町への滞在」は手段でしかないから。まず泊まってもらうことを目指すということ。

例えば、ふれあいの里さかもとは、普通のホテルのように「スタッフ対ゲスト」という関係性が濃いわけでもありません。運営が地元の人なので比較的身近に感じてもらえる雰囲気です。
しかし、ゲストハウスのような、オーナーと宿泊者が食事時に静かな空間でしっぽり話しながら過ごす、みたいな近さはありません。

ただ普通の宿にしても町内にある他の宿と同じになって食い合う構図が見えていました。
宿にもいろんな“わかりやすい”個性があるべき思うし、そういう「個性」を活かして、共存していくことが必要だと思っています。
それなら「多様性」として、何かパンチのある宿があってもいいんじゃないか、と思いました。

移住してから受け取って来た勝浦町民の優しさを、恩送りできるのは僕だけだ!
恩送りできる宿、「恩送りの宿」に決めた!となったのが恩送りの宿の始まりです。

初期・恩送りの宿の落とし穴

そして具合的に恩送りの宿ってなんだを突き詰めていったときに天才的なシステムを考えました。

宿泊料の中に恩送り代を含めて、これは次の宿泊者のために使おう。
これがそのまま恩送りになるなー!
これなら、悩まずに恩送りできるし、恩送りしてもらえるなー!

これを思いついた時にすごく画期的なアイディアだと思ったんです。
泊まったら自動的に恩送りできる。
誰も困らないし、みんなハッピー。

自分、天才すぎるな。今世紀最大のアイディアだと本気で思いました

恩送りの宿は、お金はとりません。

恩送り代を含めるのは画期的なアイディアかと思ったのですが、よくよく考えたらこれ強制恩送りでした。
恩送りの強要です。

というか、結局、恩をお金に変換して送っているので「貨幣経済」でした。
目指すのは、恩を「気持ち」のまま送れるということ。

これだけは何としても守っていかなくては、と思っています。

 

 

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